寝言は寝てから。

Sheep fall asleep untill...

砂の城と線香花火

夏の湿気を含んだ風が、ぬるりと首筋を撫でていく。

仕事帰りの夜道をぼうっとしながら歩いていると、過去の記憶が頭をよぎった。

 

16歳の春

大学へ入学して早々に私は『自主休講』という行動を覚えた。

「担当の先生が嫌い。」というだけの理由だった。

 

暇を持て余しアルバイトを初めた私が知り合ったのはいくらか年上の先輩で、新人歓迎会で連絡先を交換した後、度々二人で会うようになった。

細い体にスッキリとしたシルエットのシャツとジーンズ、シルバーのネックレス。たまに指輪も着けていたかもしれない。

音楽が好きで、あの人の部屋はCDとアーティストのポスターで一杯だった。


私達は、自身の孤独を認識する二人だった。

彼は実家で心を病んだ母親と二人暮らしをしていて、私はそこに転がり込む形で住み着くようになった。ただし、母親には隠れる形で。

昼間、私は部屋で読書をし、彼はアルバイトに出かける。夕方になると今度は私がアルバイトに行き、入れ替わる形で彼が家に帰る。

たまに私が終わるまでどこかしらで暇つぶしをしていた彼と落ち合って外食をしたり、夜の街を散歩したりもした気がする。


彼は私に対しペットを愛でるような好意をもって接し、私はそれを理解した上で受け入れていた。

喉が渇いたと言えば台所からコップと飲み物を運んできてくれたし、空腹を訴えれば食べ物が与えられた。そういえばおにぎりを三角に結ぶことが出来ない人がいるという事を、思えば私は彼から学んだのだった。

彼の部屋に住み着いて数ヶ月、体を求められることは一切なく、彼の膝に寝転がって頭を撫でられたり、ただ背後から抱きしめられながら眠った。今で言うところの添い寝フレンドに近い存在だったのかもしれない。

 

ある日、真夜中の公園の砂場で遊んでいる最中に、彼が「ちょっと待ってて。」と言ってふらりと何処かへ歩いていった。そして戻ってきたその手にはコンビニの袋からはみ出た花火セットとライター。

急に花火がしたくなった、という彼の思いつきで、二人の花火大会が始まった。

お前が未成年じゃなかったらなぁ、と花火を両手にはしゃぐ私を眺めながら、彼は缶ビールを飲んでいた。(今思うと妙なところで律儀だ)

一通り派手な花火を終えて、線香花火をどちらが長く持たせられるか、二人で競うことになった。パチパチと弾ける光が二つ並ぶのをじっと眺める私に、彼がポツリと言った。

 

「俺が勝ったらさ」

「えっ?」

 

顔を上げた瞬間、花火の先端が落ちた。

 

「あ。」

「よっしゃ。」

 

「勝ったら、何なの。」

「いや、やっぱり何でもない。」

 

あの時、その先を聞いておけばよかったのかもしれない。


その後暫くして季節は秋、学校は後期になった。私はきちんと授業を受けるようになった。私の生活から、彼が居なくなったから。

 

ある日突然、一切の連絡が取れなくなって、彼と行ったことのある場所でも会うことはなく、

いつの間にかバイトも辞めてしまっていた事を後から知らされた。

彼の家の場所は、いつも自転車の後ろに乗せてもらっていたから覚えていなかったし、わかっていたとしても行かなかっただろう。

 

今でもきちんと思い出せるのは、花火をした日の夜と、お皿に乗ったいくつかの丸いおにぎりだけ。でも、多分それで十分なんだと思う。

今度の休みは、公園で花火をしよう。そして、あの日はまだ飲めなかった缶ビールを飲むのだ。